東京高等裁判所 昭和48年(ネ)393号 判決 1976年4月28日
控訴人
内藤建物株式会社
右代表者
内藤宏
外五名
右六名訴訟代理人
山城昌巳
被控訴人
東京都
右代表者知事
美濃部亮吉
右指定代理人
大川之
外二名
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
一当裁判所は、控訴人らの本訴請求をいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次に附加するほかは原判決の理由と同一であるからこれを引用する。(原判決の訂正<省略>)
二原判決の附加訂正<省略>
三東京都知事が、訴外組合に対して、昭和三五年一一月三〇日以降同三八年一月までの間監査を実施しなかつた事実は当事者間に争いがない。
しかし、都知事が昭和三五年一一月三〇日を基準日とする監査の結果に基づき、訴外組合の伴理事長に対して、業績改善と組合再建のための具体的計画を樹立してこれを実施に移すように指示したほか、欠損金の要因をなす伴理事長の訴外株式会社鬼怒川温泉ゴルフ倶楽部に対する貸付金回収の手段として、同訴外会社から徴してあつた担保物件の換金処分を命じ、組合本店の土地建物を評価して不動産勘定に計上すること等の事務処理の改善を指示し、これらの指示により、訴外組合が昭和三六年三月一八日および同年四月一八日付書面をもつて業績の向上、再建の具体的方策を回答し、都知事およびその補助機関が、随時訴外組合の役員を招致する等して回答事項の実施方を督励してきていたことは、上記(引用にかかる原判決)認定のとおりであつて、都知事はこの間訴外組合に対する監督指導を放置していたものではなく、むしろ積極的に組合再建のための行政指導を行つていたものというべきであるから、検査の方法による監督権を行使しなかつたことをもつて直ちに違法視することはできず、成立に争いのない甲第一号証もこの判断を左右するものではなく、他に都知事が合理的な裁量を誤つて訴外組合に対する監査を実施しなかつたと認めさせるに足りる証拠はない。
四控訴人らは、都知事が訴外組合に対して行つた監査は、事前連絡のうえで実施したものであるから違法である旨主張し、<証拠>中には、右主張にそう供述があるが、右各証言部分は<証拠>と対比してにわかにこれを信用することはできず、他に右主張事実を認めさせるに足りる証拠はない。かえつて、<証拠>を総合すると、都知事がその補助機関である東京都事務吏員をして行わせた訴外組合に対する監査は、いずれも事前予告等をすることなく抜打的に実施されてきたものであるが、伴理事長らがしていたいわゆる簿外貸付等の裏操作は、同人ほか三名の幹部が、組合事務所外において秘かに実行し、簿外帳簿、伝票等もたくみに隠匿していて、組合員にすらその実態を把握し難い状況におかれていたため、数次にわたる監査の際にも、これを発見し得なかつたものである事実が認められるので、事前連絡のもとに監査を行つたという控訴人らの主張を採用することはできない。
五都知事が行つた数次の監査の結果、訴外組合の欠損金が年をおつて累積していることが明らかとなつたこと、ならびに都知事が伴理事長に対する改任命令を発しなかつたことは当事者間に争いがなく、この累積欠損金発生の原因が伴理事長個人への多額な貸付およびその貸付金の回収不能によるものであつたことは上記(引用にかかる原判決)認定のとおりである。
ところで、協同組合による金融事業に関する法律第六条で準用する銀行法第二三条によれば、監督行政庁は、信用協同組合が法令定款もしくは行政庁の命令に違反し、または公益を害すべき行為をしたときは役員の改任を命じることができるものと定められている。この規定は、公共的信用機関である信用協同組合が、その存立の意義を著しく損うと認められるような法令もしくは定款違反、公益阻害等の行為をなし、或いは監督行政庁の命令に違反したときは、監督庁がその違反行為の防止、是正を図ることを目的として当該組合の役員の改任を命じ得ることを定めたものというべきところ、信用協同組合にあつては、その公共的信用機関としての性格から、その社会的信用が殊更重視され、役員による組合の不正行為を前提とした改任命令が、その組合の信用を著しく失墜し、再起不能な経済的破錠を招来するおそれすら生じさせるものであることは容易に推測し得るのみならず、自治的協同組織である私企業の組合に対する行政庁の介入は必要最少限度にとどめるべきであることはいうまでもないことであるから、監督行政庁が右法条所定の改任命令を発するか否かは、かような見地にたつて、当該違反行為等の態様およびその是正の難易等を総合的に調査検討することは勿論、他の行政指導の手段によつて回復し得る方途の有無等をも考慮し、高度の社会経済政策的見地から判断すべき事柄であり、当該監督行政庁の自由裁量に属するものと解すべきである。
しかし、自由裁量に属する事項であつても、その裁量権を行使しないことが著しく合理性を欠き、社会的に妥当でないものと認められるときは、その不作為が違法のものとの評価を免れないものというべきであるから、都知事が昭和三五年一一月三〇日を基準日とする監査の結果に基づき、訴外組合に伴理事長の改任を命じなかつたことが合理的な裁量権の行使を誤つたものといえるかどうかについて判断するに、<証拠>を総合すると、都知事は、昭和三五年一一月三〇日を基準日とする監査の結果、訴外組合は、伴理事長に対する違法な貸付を行い、このため累積欠損金の増大を招いている事実が判然としたので、預金者等一般大衆の利益を保護し、訴外組合の健全な発展を図るため、訴外組合に対する業務停止、伴理事長ら役員の改任命令の当否或いは他組合との合併の指導等についても検討し、大蔵省銀行局担当者とも協議を遂げるなどしたが、他組合との合併は困難であり、業務停止を命ずることの影響も甚大であるばかりでなく、伴理事長ら役員の改任を命じても後任者に適切な人を得られなければ、かえつて、徒らに混乱を生じさせることとなつて経営破錠をきたす危虞なしとしなかつたし、当時における訴外組合の財政状態からみて、伴理事長の改任を命ずるよりは、むしろ同訴外人を組合にとどまらせて違法貸付金の回収を強力に推進させれば組合の再建の見込みは十分あるものとの判断に到達し、前認定の業務改善、貸付金回収措置等を指示してその実効のあがることに期待したものである事実を認めることができ、他にこれを覆えすに足りる証拠は存しない。そして、都知事が右の如き判断のもとに伴理事長の改任を命ずる措置に出でなかつたことは、他に特段の事情も存しない以上、訴外組合の上記公共的金融機関としての性格と当時における監査結果とに照して、著しく合理性を欠き妥当でなかつたものということはできないものと認められる。
してみれば、都知事が昭和三五年一一月三〇日を基準日とする監査の結果に基づき、訴外組合に伴理事長の改任を命じなかつたことが著しく合理性を欠いたものということはできないから、このことを違法とする控訴人らの主張も採用し得ない。
六よつて、控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は相当で、本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(江尻美雄一 滝田薫 桜井敏雄)